2026年度第1回の「西田幾多郎哲学講座」を、5月23日にオンラインで受講しました。西田幾多郎記念哲学館で開催されているこの講座、これまで何度か現地に出向いて受講してきましたが、今年度から自宅からのオンライン参加が可能になり、今回が初のオンライン受講となりました。
結論からいうと、オンライン受講はとてもよかったです。自宅からリラックスして参加できますし、移動時間もかからない。さらに、テキストが前日にPDFで事前配布される運用になっており、軽くではあるものの予習してから本番に臨めたのも、これまでにない大きなメリットでした。
講座テーマと予習で整理した5つの要点
西田幾多郎記念哲学館の哲学講座は約20年の歴史があるそうです。私が参加し始めたのは3年ほど前ですが、それ以前に長い積み重ねがあったのですね。
今年度の講座からオンライン受講が可能になり5月23日がその一回めでした。


前日にメールで案内がありました。
西田幾多郎哲学講座 第1回(オンライン)
日常と哲学―「平常底」について―
石川県西田幾多郎記念哲学館館長 浅見 洋開催日時:令和8年5月23日(土)13時30分から〔オンライン〕13時00分よりZoomに入室可
今回の講座は、日本を代表する哲学者・西田幾多郎(にしだ きたろう)の思想が、彼の「日常の経験」や「身内の死をはじめとする深い悲哀」とどのように結びついて展開していったかをたどる構成でした。
事前配布されたテキストPDFを読み込み、自分なりに以下の5つの要点に整理してから受講に臨みました。
哲学の出発点と帰着点としての「日常経験」
- 西田哲学の記念碑的な処女作『善の研究』における「純粋経験」とは、学問的な細工を加える前の「私たちの日常の経験(直接経験)」そのものです。
- 西田は、論理的に考えられた世界と日常の世界が完全に一つになることこそが哲学の使命であり、「哲学は日常の経験から出発し、そこへ帰らねばならない」と考えました。難解な抽象論ではなく、あくまで生活の足元から始まり、生活の足元へ戻ってくる思索。これが西田哲学の根本的な姿勢です。
哲学の動機の変化:「疑惑」から「悲哀」へ
- 人心の疑惑(30代前半): 毎日同じ日常を繰り返して死んでいく人間の営みに対する、「人は何のために生き、働くのか」という実地・生命的な問いから出発しました。
- 深い人生の悲哀への転換(30代後半): 1904年の日露戦争での弟・憑次郎(ひょうじろう)の戦死、そして1907年の愛娘・幽子(ゆうこ)の死という身内の死(=日常に突如現れた過酷な現実)に直面します。この「愛する者の死と人間の無力さの自覚」を通じて、西田の思索の原動力は疑惑から「悲哀(かなしみ)」へと深化し、倫理的な自己実現の限界を感じて形而上学(哲学)へと没頭していきました。
頭で考えた問いではなく、身を切られるような実体験から哲学が立ち上がってきた、というところに西田哲学のリアリティを感じます。
日本哲学の誕生:「驚き」ではなく「悲哀」
- 西洋哲学(プラトンやアリストテレス)では、哲学の始まりを事象に対する「驚き(驚異/タウマゼイン)」と定義しました。
- これに対し西田は、「哲学の動機は『驚き』ではなくして深い人生の悲哀でなければならない」と言い切ります。これは、源信、法然、親鸞、あるいは万葉の時代から日本人の精神史の源流にある、力が及ばずどうしようもない切なさを表す「かなし」という大和言葉(無常観・無力感)の系譜に連なるものでした。
- 西田哲学は、西洋哲学の歴史を踏まえつつ、この日本思想史の系譜を止揚(アウフヘーベン)した点に大きな意義があります。「日本発の哲学」が世界の哲学史に位置づけられる根拠は、ここにあると言えそうです。
歴史的世界と「死の自覚」
- 真の現実の世界とは、私たちが単に外から眺める対象ではなく、「その中で生まれ、働き、死にゆく社会的・歴史的世界」です。
- 人間は自分が「永遠に死ぬ存在」であることを自覚したとき、初めて自分が「繰り返しのきかない、かけがえのない一回きりの人格(真の個)」であることを知ります。この「死の自覚」から、自己の存在そのものを問う「宗教意識」や「哲学の問題」が立ち上がってきます。
死を意識して初めて、自分という存在の一回性が立ち上がる、というところは、ハイデガーの「死への先駆」とも重なるところがあって、東西の思想がここで合流しているように感じられました。
結論:「平常底(びょうじょうてい)」と最晩年の境地
- 最晩年の西田がたどり着いた世界観において、宗教の本質とは神秘的な直観などではなく、「私たちの日常生活の根底たる事実」です。
- 禅宗の言葉である「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」や「祗是平常無事(ただこれびょうじょうぶじ)」を引きつつ、それは決して世の中に無関心になること(洒脱無関心)ではないと戒めます。
- むしろ、死を自覚し、己を忘れて(自己を無にして)歴史的現実の底に徹し、一歩一歩「理を尽くし、情を尽くして」生きること、それこそが西田のいう「終末論的平常底」の境地でした。戦時下の1945年、死を覚悟しながらも後世に仕事を遺そうとペンを握り続けた最晩年の日々そのものが、この哲学の体現であったと言えます。
なぜ西田は「日常」にこだわり続けたのか
今回の講義本編を、これまでの予習データ(唯物論・唯心論の超克など)と組み合わせることで、西田哲学の真意がより鮮明に浮かび上がります。
「頭の中の哲学(唯心論)」への強烈な批判
浅見先生が強調されていた「お腹が空いたらご飯を食べ、夜になったら眠る」という泥臭い日常の肯定は、哲学が「言葉遊びや頭の中の綺麗事(唯心論)」に陥ることへの強い警戒です。西田にとって、妻の看病や子供の世話、そして戦時下の恐怖といった「生々しい現実(物)」から逃げずに思索することこそが真の哲学でした。
物(現実)に徹することで、心(宗教性)が開かれる
前回のやり取りで「西田は唯物論でも唯心論でもない」とお伝えしましたが、今回の講義はその実態を美しく証明しています。 人間は、死や喪失という「物質的・歴史的な過酷な現実」に拘束されています(唯物論的側面)。
しかし、その現実の底(平常底)に徹底的に徹して「己を忘れる」とき、私たちはただの物質的なロボットになるのではなく、逆に「大きな存在に生かされている真の自己」という精神的・宗教的な目覚めを迎えます(唯心論的側面)。
つまり、「現実(物)を徹底的に突き詰めたその底(平常底)に、仏や神(心)が現れる」という、物と心が一つになる境地(矛盾的自己同一)を、浅見先生は十牛図や西田の最晩年の姿を通して解説されたのです。
本編のみに絞ることで、西田幾多郎が人生の悲哀を経て、なぜ最終的に「ありふれた日常(平常底)」を最高峰の境地としたのか、その思想の美しい一本の骨格がよりクリアに見えてきますね。
新発見:「平常心」は「へいじょうしん」ではなく「びょうじょうしん」
講座の予習をしていて、ハッとさせられたのが、「平常心」の読み方でした。私たちが普段「へいじょうしん」と読んでいるあの言葉、禅語としては「びょうじょうしん」と読むのが本来だというのです。これには、へー、でした。
この読み分けは、漢字音の流入時期の違い、つまり「漢音」と「呉音」の違いに由来します。「漢」が日常的・俗的な読み、「呉」が仏教や歴史的文脈で残った読み、というイメージです。
「平」の字で比較すると、次のように整理できます。
| 読み方の 種類 |
「平」の読み | 日常的な言葉 (漢音) |
仏教・歴史的な言葉 (呉音) |
|---|---|---|---|
| 漢音 (かんおん) |
へい | 平等(へいどう)、 平均、平常 |
― |
| 呉音 (ごおん) |
びょう | ― | 平等(びょうどう)、 平常心(びょうじょうしん) |
たしかに、私たちは「平均」を「へいきん」と読みますが、「平等」は「びょうどう」と読みます。同じ「平」なのに読みが変わる理由を、これまで深く考えたことがありませんでした。漢音と呉音という二重構造で日本語に入り込んでいたから、というのが背景だったわけです。これはちょっとした発見でした。
初のオンライン受講を終えて

これまで西田幾多郎記念哲学館に直接出向いて受講していた哲学講座ですが、今回は初めてのオンライン受講で、いつもとは違う新鮮な気分で臨むことができました。
現地受講には現地受講のよさがあって、会場の空気や他の受講者の存在感、講師との距離感など、その場に身を置かないと得られないものがあります。
一方、オンラインには、自宅というリラックスできる環境で、コーヒーを片手に集中できるという良さがあります。前日にPDFのテキストが届くおかげで、当日いきなり初見の話を追いかけるのではなく、ある程度の見取り図を持って臨めるのもありがたい。
「日常の経験から出発し、日常へ帰る」というのが西田哲学の根本姿勢だとすれば、自宅という日常空間からそのまま哲学に入っていけるオンライン受講は、案外、西田哲学を学ぶ場としてふさわしいスタイルなのかもしれません。
次回もオンラインで楽しみに受講したいと思います。

この記事を書いた遠田幹雄は中小企業診断士です
遠田幹雄は経営コンサルティング企業の株式会社ドモドモコーポレーション代表取締役。石川県かほく市に本社があり金沢市を中心とした北陸三県を主な活動エリアとする経営コンサルタントです。
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