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「安くすれば売れる」——多くの小売店がこの常識に縛られ、値下げ競争で自分の利益を削っています。しかし現実には、定価販売のコンビニが日本一コーラを売り、深夜のドン・キホーテには人があふれています。
今回は、両者に共通する「顧客の時間」という視点から、値上げしても選ばれる店と、値下げしても苦しくなる店の分かれ目を、中小小売店の経営視点で掘り下げます。
コカ・コーラを日本一売っているのは、なぜか「定価は販売」のセブンイレブンだった

数十円高くても選ばれる!「安いから売れる」というのは思い込み
2026年5月31日にダイヤモンド・オンラインに掲載された小倉健一氏(イトモス研究所所長)の論考に、見過ごせない事実が紹介されています。
書籍『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社・2022年)によれば、日本国内でコカ・コーラとアサヒスーパードライの販売量が最も多い小売チェーンは、いずれもセブン-イレブンだというのです。
コーラもスーパードライも、どこで買っても中身は寸分違わぬナショナルブランドです。
大型スーパーやドラッグストア、ディスカウントストアに行けば、同じ商品が数十円安く手に入ります。
それなのに、原則として定価販売を貫くコンビニが、日本一売っている。
ここに、「安ければ売れる」という思い込みを根本から揺さぶる問いが潜んでいます。
消費者は、必ずしも一円でも安い店を探し続けているわけではありません。
数十円の差を承知のうえで、それでも特定の店に足が向く——その背後には、価格表には現れない強固な心理的な理由があるのです。
出典:ダイヤモンド・オンライン「実は『セブンで高いコーラを買う人』と『ドンキで時間を溶かす人』は同じです。小売りの神様・鈴木敏文が追求した『本当の顧客目線』」

「ロイヤルティ」が飲料の売上を動かす——研究が示した囲い込みの効きどころ
この「なぜ定価でも選ばれるのか」という問いに、一つの実証研究が手がかりを与えています。
同記事が引用しているのは、2020年に中国欧州国際ビジネススクール(CEIBS)のChen Lin氏が発表した、ロイヤルティプログラム(顧客の囲い込みの仕組み)がカテゴリーの売上と収益性に与える影響を分析した論文です。
この研究の強みは、アンケートのような主観的回答ではなく、米国大手スーパーの実際の購買履歴を長期にわたって追い、囲い込み導入前後の変化を検証した点にあります。
その結論は明快でした。
購買頻度が高く、多くの人が日常的に買うカテゴリーでは、囲い込みの仕組みが極めてよく効き、売上と利益を押し上げる。
逆に、たまにしか買わず衝動買いされやすいカテゴリーでは、その効果は弱まる。
毎日のように繰り返し買われる飲料は、まさに前者の代表格です。
つまり「いつものあの店で買う」という無意識の帰属意識が、そのまま売上に直結するジャンルなのです。
鈴木敏文氏自身も、生前に「特に買うものはなくても、店の前を通るとつい寄ってしまう。コーラが日本一売れるのも、このロイヤルティによるものだ」という趣旨を語っていたと、同書には記録されています。
消費者が買っているのは、冷えた一本の飲み物そのものではありません。
「迷わず、考えず、安心して買い物を終えられる」という、その店ならではの時間と心地よさに、人はお金を払っているのです。
ドンキに人が吸い寄せられる理由——客が買っているのは「時間」だった

CV+D+Aと「時間消費型店舗」——あえて不便にする圧縮陳列の狙い
セブン-イレブンとは正反対のアプローチで支持を集めているのが、ドン・キホーテです。
運営会社のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは、自社の強みを「CV+D+A」、すなわちコンビニエンス(便利さ)、ディスカウント(安さ)、アミューズメント(楽しさ)の掛け算だと説明しています。
セブンが「時短」という便利さを突き詰めたのに対し、ドンキは「楽しさ」を徹底的に上乗せしました。
天井近くまで積み上げた商品、入り組んだ狭い通路、手書きの熱量あるポップ。
教科書的には「歩きにくく、探しにくい」悪手とされるこのレイアウトを、ドンキはあえて意図的に作り込んでいます。
同社が自店を「時間消費型店舗」と呼ぶように、狙いは「早く買って帰ってもらう」ことではなく、「店内を探索し、予定になかった発見を楽しんでもらう」ことにあります。
苦労して掘り出し物を見つけた瞬間、人の脳には達成感が生まれます。
最初から整然と並んでいたら決して味わえないこの「発見の喜び」こそ、ドンキが不便さと引き換えに提供している価値です。
ドンキに来る人の多くは、特定の何かを買いに来ているのではありません。
「何か面白いものはないか」という曖昧な動機で訪れ、迷路を歩くうちに時間が溶けていく。
安く買える満足と、宝探しのようなワクワクする時間そのものに、お客様はお金を払っているのです。
効率化の罠と、CDショップに学ぶ「体験の余白」
ここで小売店経営者が立ち止まって考えたいのは、「すべてを効率化・最速化すれば勝てる」という発想の危うさです。
便利で速いだけの店は、より便利でより速いライバルが現れた瞬間に乗り換えられます。
そこには、顧客が愛着を抱くための「体験の余白」がないからです。
音楽がわかりやすい例です。
スマホがあれば数千万曲を一瞬で再生できる時代に、あえてレコードに針を落とす「不便な体験」を選ぶ人が増えています。
これは懐古趣味ではなく、効率化で失われた「音楽と向き合う時間」を取り戻す動きです。
物理メディアを仕入れて売るだけでは勝てなくなった店が、いかに顧客の「音楽的な時間」を設計し直すか——このテーマは過去のCDショップ業界の研究でも詳しく扱いました。実店舗ビジネス全般に通じる本質的な論点です。

高くても買ってくれる店は、中小にもある——「ワクワク系」の正体

人が集まる店は「左脳」ではなく「右脳」を動かしている
「定価でも選ばれる」「高くても買ってくれる」のは、セブンやドンキのような大手だけの特権ではありません。
地域で長く愛される個人商店にも、同じ現象は確かに存在します。
その理論的な裏づけとなるのが、小阪裕司氏が四半世紀以上提唱し、全国数千社の中小企業が実践してきた「ワクワク系マーケティング」です。
その核心は、スペックや価格という「左脳的」な説得ではなく、お客様の感性、つまり「右脳」に訴えて絆を築くという考え方にあります。
人は実のところ、それほど合理的に買い物をしていません。
「なんとなくこの店が好き」「あの店員さんと話すのが楽しい」——購買の多くは、こうした感性的な理由で決まっています。
ワクワク系を実践する店は、商品の機能を説明する代わりに、「それを手にした後の生活がどう変わるか」というワクワクする物語を、手書きPOPやイベントで伝えます。

これは、ドンキが手描きポップと圧縮陳列で買い物を「娯楽」へ昇華させているのと、本質はまったく同じです。
莫大な広告費も洗練されたシステムも持たない中小店だからこそ、この「人間的な温かみ」と「感情の揺さぶり」が、大手に対する決定的な武器になります。
スマホの中の動画やゲームと可処分時間を奪い合う時代において、お客様をわざわざ家から引き出せるのは、画面では再現できない「五感を刺激するリアルな体験」だけなのです。
値上げできる店と、値上げしないのに苦しくなる店の違い

価格決定力の源泉は「商品」ではなく「関係」にある
ここまでの話は、原材料高や人件費上昇に直面する今、小売店にとって最も切実なテーマに行き着きます。
それは「値上げできる店と、値上げしないのに苦しくなる店は、何が違うのか」という問いです。
両者を分けるのは、商品力でも立地でもなく、お客様との「関係」の深さです。
商品でしか選ばれていない店は、少しでも値上げした瞬間に、より安い店へ客が流れます。
価格でしかつながっていないからです。
一方、「この店で買う時間そのものが心地よい」「この人から買いたい」という関係を築けている店は、数十円、数百円の値上げで客が逃げることはありません。
セブンが定価でコーラを売り続けられるのも、ドンキが安さ“だけ”では説明できない集客を実現しているのも、突き詰めれば顧客との関係=ロイヤルティを握っているからです。
値下げは、この関係を持たない店が打てる唯一の手段であり、同時に自らの利益と価格決定力を手放す行為でもあります。
苦しいときこそ、値札を下げる前に「自社はお客様とどんな関係を結べているか」を問い直すべきなのです。
中小店が今日から始める実践ステップ——時間を「仕分ける」

では、自社のビジネスを「顧客の時間」という物差しで見直すには、何から始めればよいでしょうか。
最初の一歩は、すべての顧客接点を洗い出し、それぞれを「短縮すべき時間(セブン型)」と「ゆっくり過ごしてもらう時間(ドンキ型)」に仕分けることです。
問い合わせの入力、見積もりの作成、契約手続き、レジ会計——これらは顧客が「一秒でも早く終えたい時間」です。
ここでは入力項目を減らし、待たせず、徹底的にシンプルで速くする。セブン的な「時間短縮の価値」を追求します。
一方、商品選びの相談、デモや試用、購入後のアフターフォローは、顧客が「じっくり納得して進めたい時間」です。
ここまで効率化して「早く決めてください」と急かせば、お客様は冷たさを感じて去っていきます。会話を楽しみ、物語を共有する、ドンキやワクワク系のような「時間消費の価値」を設計すべき場面です。
「引き算」する業務と「足し算」する体験を切り分け、それぞれに正しくリソースを投じる。これが体験設計の出発点です。
そして忘れてはならないのが、鈴木敏文氏が遺した「『顧客のために』ではなく『顧客の立場で』考えよ」という言葉です。
「お客様のために良かれと思って」と考えるとき、主語は企業側にあり、しばしば独りよがりな機能追加や安易な値下げに終わります。
「もし自分がこの店の前に立ったら、何にストレスを感じ、どんな時間なら心地よいか」——主語を完全に顧客へ移したとき、はじめて他店に代えがたい関係が生まれます。
私たち「どもどもAI」も、この姿勢を大切にしています。GASアプリ上の自律型AIエージェントが最新のビジネス情報や一次データを収集・分析し、それを読みやすい記事へと整理する仕組みは、皆さまの「情報収集の時間」を節約し、同時に「明日の商いが少し楽しみになる思考の時間」をお届けするためのものです。
商品が均一化し、安さだけでは生き残れないこれからの時代。
自社の商品をどう売るかという狭い視点を脱し、お客様の人生の一部である「時間」をどう預かり、価値に変えてお返しするか。
その問いに向き合い続ける店こそが、値上げを恐れず、地域とファンに愛され続けるのです。
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